浅利政俊先生が小樽来訪。講演会とフィールドワーク

2020年10月10日(土)午後4時から中サロンにて、函館から来訪された桜守・浅利政俊先生をお迎えして講演会を行いました。

 

 

朝里のまちづくりの会は、桜の育成管理で浅利先生をお招きし、セミナーを行ってきましたが、今回は「函館空襲を記録する会」代表を努められてきた浅利先生の平和運動についてお話を伺いました。この日は25名が参加。

 

今年8月に全国ネットで放映されたNHK北海道制作「北海道戦後75年特集 海底に眠る青函連絡船」は、太平洋戦争末期に米軍の空襲で撃沈し、今年7月に函館沖で発見された青函連絡船「第4青函丸」にまつわるドキュメンタリーです。浅利先生は「函館空襲を記録する会」の代表として番組冒頭に登場されました。セミナーではこのビデオを鑑賞し、実際にこの史実に関わった方々から生の声を聞き取り調査されてきた浅利先生から、番組では紹介しきれなかった証言や、なぜ青函連絡船が空爆の第一目標となったのかを、様々なデータの裏付けを元に伺うことが出来ました。

 

講演と質疑応答の後は、昨年、浅利先生の平和活動に贈られた「遠藤三郎賞」を祝って、まちづくりの会からお祝いの言葉を中一夫副会長が述べ、桜とフクロウをモチーフにしたガラスのオブジェ(朝里川温泉のガラス工房J45の作品)を記念品として贈呈しました。

 

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翌日10月11日(日)も秋晴れに恵まれ、昨年6月に20周年記念碑を建立した「百想園」でのフィールドワークには15名が参加。浅利先生は一年半ぶりに訪れた百想園の秋の彩りを大変喜んでくださいました。先生が作出された桜「松前紅華」の苗木を記念植樹し、その後も桜やアジサイを熱心に見学され、たくさんの感想とアドバイスを頂きました。

朝里川遊歩道のウワズミザクラの甘く熟した実も皆で賞味し「これはアイヌの人たちが古くから大切にして生活に取り入れてきた樹木ですから、その文化を私たちも受け継いでいきましょう」と苗木の育成や果実酒への利用をご提案くださいました。

 

新型コロナウィルスの影響で、道内でも往来が制約された一年になりましたが、強く望まれて小樽・朝里を訪れ、私達の活動を励ましてくださった浅利先生に皆感謝の気持ちでいっぱいです。

 

▲記念碑前で浅利先生に花の植え込みを説明するのは会員の一條悦子さん。

 

▲桜苗の添え木を打ち込むのは町田吉弥さん。

 

▲百想園は5センチ掘れば河原石がゴロゴロ出てきます。先生の指導で石を取り除きながら桜を植樹しました。

 

▲これも浅利先生作出の「紅豊」の大木。樹齢20年ほどです。大きく張った根から派生した若木から「取り木」して桜苗を作る方法の説明を受けました。とても丈夫な木なので、来年チャレンジしてみることになりました。

 

▲遊歩道に26本ある「上溝桜」が黒く熟して食べごろです。果実酒にすると杏仁の香りがつく美酒になります。

 

▲新光南会館脇に作られたテラス席でゆったりした時間を楽しみました。

 

▲朝里川上流の朝里ダム公園にも立ち寄りました。紅葉は始まったばかりですが、駐車場には思いの外観光客が来ていました。

 

▲ダム公園駐車場脇の桜の木についていたのは、地衣類の「ウメノキゴケ」でしょうか?浅利先生から「写真に撮って後で送ってください」とのご注文。調べたら、空気のきれいなところでないと出来ないものらしいです。この苔も草木染めの材料になると初めて知りました。

 

 

 

 

 

 

 


松前神楽の解説書をPDFで公開します

朝里のまちづくりの会・遺産部会(末永通部長)は、1993年(平成5年)に松前神楽小樽伝承百年祭実行委員会が発行した記念誌「北海道指定無形文化財 松前神楽 小樽伝承百年祭」を、資料としてPDFファイルにまとめ公開しました。

 

この記念誌は、昭和46年8月に増田又喜氏により編まれた緑陵論集の復刻を中心に作成された松前神楽の解説書。演目と音楽、神歌、装束、採物等が数多くの写真で一望できます。併せて道南地方、小樽後志地方の神社と例大祭の紹介、各地の松前神楽保存会紹介、調査協力と実行委員会関係者からの寄稿など、表紙を含め40頁にまとめられた貴重なものです。

 

★下記のURLからダウンロードしてご覧いただけます。

「松前神楽 小樽伝承百年祭」PDFファイル(22.5MB)

http://asari.cc/pdf/books/Mkagura.pdf

書 名 北海道指定無形文化財松前神楽 小樽伝承百年祭

発 行 松前神楽小樽伝承百年祭実行委員会
事務局 北海道新聞中販売所内
発行日 平成5年10月27日

 

本文の一部をご紹介します。

 

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はじめに

古くは松前神楽という名前はなく、正月神楽、五月神楽、九月神楽といい、神社の鎮火祭に鎮釜湯立式を行ない神楽を演奏したのが基本的な型である。即ち下座神楽とは異なり神社祭式を織り込み、鎮釜湯立式の正神楽を基として編成され、山伏神楽も一部入り、京都の舞楽が重要な要素になっており、更に創作を加えて北海道特有のものにした。また松前藩主が神楽を奨励したこともあって、後世に神楽の道具に松前藩の紋をつけ本道開拓の祈りをこめ、怨霊退散、国土安穏、五穀豊穣、天下泰平の祈願として神前にて演奏された。

松前神楽は演劇的な要素はなく、神楽殿にては行なわずに社殿神前で奏上されるのが原則とされている。これが後になって招待神楽(上げ神楽ともいう)として福山城内(現在の松前城)でも行なわれるようになったものである。

また「松前神楽」の名称と現在の松前町とはその名称の上ではまったく関係がない。むしろ北海道神楽とでもいうべきものであろう。現在の松前町は古くは津軽津と称し、明治14年7月津軽郡(福山地方)と福島郡を合併して松前郡と改称し、更に昭和15年7月松前郡福山町は松前町と改称した。

松前神楽の音楽には笛、大太鼓、小太鼓、手拍子を用い、神歌が演奏されるが、笛は神楽笛を使わずに稚楽用「龍笛」を使用し、七穴の龍笛の一穴をふさぎ六穴で演奏するのが特徴である。また笛は斉奏しないで一人で演奏される。

また松前神楽に於て面を使用される舞は「翁」「三番叟」「猿田彦」の三つのみである。

 

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I 沿革


II 構成


III 演目と音楽及び解説
 1. 鎮釜湯立式〜式次第による
惣神拝、修祓・開扉・献饌、四方拝、神楽初、釜清め、正御神楽、注連脱、祝詞、遊拍子、湯立、湯上、恵比寿加持
 2. 舞楽の部
祝詞舞、後祓舞、鈴上舞、庭散米舞、山神舞、神遊舞、四ヶ散米舞、千歳舞、翁舞、三番叟舞、荒馬舞、八乙女舞、神容舞、鬼形舞、湯倉舞、荒神舞、利生舞、十二の手獅子舞、神送舞、神上惣神拝

 

 

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